時代に咲いた花 2020.01

緒方貞子(上)

女性初、学者初の国連難民高等弁務官として
強いリーダーシップで人道支援の歴史を変えた

 冷戦終結後、世界は新たな分裂と統合に直面し、多発する紛争は膨大な難民を生みました。激しく変動する世界の中で、女性初の国連難民高等弁務官に就任し、難民援助活動の最前線に立った緒方貞子。現場主義を貫き、迅速な決断と行動力、強いリーダーシップで人道支援の歴史を変えた女性の、本格的な活躍は60歳を過ぎてからでした。

 昭和2(1927)年9月16日、東京麻布で生まれた中村貞子。父・中村豊一は駐フィンランド公使を務めた外交官、母方の祖父・芳澤謙吉は元外相、さらに名付け親の曽祖父は犬養毅元首相という政治家・外交官の血筋でした。
 父の赴任に伴い3歳で渡米した貞子は、サンフランシスコやポートランドで5年間過ごし、次いで10歳までを中国で暮らしました。教育熱心な両親は子供たちに英語の家庭教師をつけ、家の中では英語が飛び交っていたといいます。
 しかし、時は太平洋戦争前夜。日本は国際社会で孤立し軍部が暴走を始めていました。そうした中、昭和7(1932)年5月15日、犬養毅首相が軍部に暗殺される五・一五事件が起きるのです。
 「家族は軍国主義に傾倒していく母国日本に批判的であり、それが私に大きな影響を与えました」と後年語るように、アメリカにいた幼い貞子の記憶にはないものの、事件が政治・外交に強い関心を抱くきっかけになりました。

※続きは2020年01月号本誌にて。
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