時代に咲いた花 2019.10

渡辺和子(下)

学長の重責と人間関係の悩みから救ったのは
「置かれた場所で咲きなさい」という一編の詩

 戦後の混乱期に一家の大黒柱として家族を支えていた和子。しかし、修道女への憧れは、18歳で洗礼を受けて以来、心から離れることはなく、入会のタイムリミットである30歳まであと3カ月という時に、東京・吉祥寺のナミュール・ノートルダム修道女会の門を叩きました。
 嫁に行かず信仰の道を選んだ娘を、母は無念そうに見送り、兄たちも反対しました。和子自身、結婚については迷いましたが、それ以上に、これまで出会った神父やシスターたちの献身的な姿、何ものにもとらわれない自由に強く惹かれたのです。
 自分の選んだ道を分かってもらうには、修道院での生活を生きがいと喜びに満ちたものにし、私が変わっていく姿を見てもらうしかない——不退転の決意を胸に、和子は未知の世界へ飛び込みます。
 
 清貧、貞節、従順の誓いを立て、神に献身するシスターの暮らしは慣れないことばかりでした。朝から晩まで規則に従い、鐘を合図に祈りと労働を繰り返す単調な毎日。生活習慣も性格も異なる女性ばかりが一つ屋根の下に暮らすのですから、当然、誤解やトラブルも生じます。何よりつらかったのは、一人になれないことで、男性と肩を並べて働き、自由を謳歌していた和子にとって、想像以上に大きなギャップでした。
 入会して1半後の昭和33(1958)年、和子は突如アメリカに派遣され、ボストン郊外の修練所でシスター見習いとなります。しかし、国は違っても生活は同じ単純作業の反復で、いつしか機械的に仕事をこなすようになっていました。
 
 ある日、食堂で百数十人分の食器をテーブルに並べていると、そばに来た修練長に、皿を並べながら何を考えているのか聞かれました。和子が「別に何も」と答えると、〈You are wasting time(あなたは時間を無駄にしている)〉との厳しい一言に次いで、〈同じ皿を並べるのなら、ここに座る一人ひとりのために祈りを捧げながら並べてはいかがですか〉と諭されたのです。

※続きは2019年10月号本誌にて。
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