時代に咲いた花 2019.05

エミリー・カー(上)

カナダの大自然と先住民を愛し
生命力に満ちた絵画を多く残した

 カナダが生んだ類いまれな画家エミリー・カー。カナダの大自然、そこに生きる先住民の文化を描き留めることをライフワークにし、独創的で生命力に満ちた作品を多く残しました。しかし、画家として認められるまでの道のりは険しく、女性差別や偏見との闘いの人生でもありました。
 1871年12月13日、カナダ西端のブリティッシュ・コロンビアのビクトリアに未来の画家は誕生します。両親はイギリスから新天地カナダに定着した移民で、エミリーは9人兄弟の8番目でしたが、男兄弟がみな早くに亡くなったため、15歳離れた長姉を筆頭に5人姉妹の末っ子として成長します。
 厳格な父と控えめな母は、「変わり種」で自由奔放な末娘に手を焼いたようですが、人形遊びに興じる姉たちより、庭仕事を手伝い、一緒に外出してくれるエミリーを、父は「男の子だったら」と惜しんで溺愛しました。
 厳しい両親の管理下から離れ、森や草地で過ごす時間が幼い心を慰め、ウサギやニワトリなどの動物が、人間以上に分かり合える“友達”でした。何より心を浮き立たせたのは絵を描くこと。学校に通うようになっても、「真面目なカー家の子供たち」の定評を裏切り、教科書や爪に落書きばかりして先生をがっかりさせました。幸い絵画はレディの教養とされていたため、両親は先生をつけてくれ、エミリーはイーゼル(画架)を自作し、芸術家気分に酔いしれました。
 そんな気ままな子供時代に突如幕が引かれます。12歳のときに母が結核で亡くなり、その2年後に父も他界。遺された子供たちは一家の友人である弁護士の保護下に置かれ、日常は長姉のエディスに委ねられました。責任感の強い姉の干渉に反発したエミリーは絵を描くことにのめり込み、画家への夢を膨らませます。そして18歳になると「サンフランシスコの美術学校に行かせてほしい」と後見人に要求し、家を飛び出すのです。

※続きは2019年5月号本誌にて。
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