時代に咲いた花 2018.01

ルーシー・モード・モンゴメリ(上)

名作『赤毛のアン』を生んだ女流作家を育んだのは
自然豊かなカナダ北東部のプリンス・エドワード島

 カナダ本土の北東部沿岸、セント・ローレンス湾に浮かぶプリンス・エドワード島。海岸や湖、のどかな農村風景が広がるそこは、私たちがよく知る小説の舞台です。赤い髪とそばかすだらけの女の子。美人とはいえないけれど、豊かな想像力とおしゃべりで周りを魅了する “赤毛のアン” ことアン・シャーリーの物語は、この島をこよなく愛した女流作家によって生み出されました。
 ルーシー・モード・モンゴメリは1874年11月30日、島北岸のクリフトンで、スコットランド系カナダ人の家庭に生まれました。強大なアメリカに対抗すべく、北米のイギリス自治領がカナダ連邦を結成し、自治領政府が成立したのが1867年です。
 母方の祖母にちなんでルーシーと名付けられたものの、本人はミドルネームのモード、それもうしろに〝e〟がつかない“Maud”と呼ばせる名前へのこだわりは、のちに「e のついたアンAnne」を主張する愛らしい主人公を作り出すことになります。
 アンは孤児ですが、モードも1歳9カ月のときに母クララ・マクニール・ モンゴメリを結核で失っています。父ヒュー・ジョン・モンゴメリは妻亡きあと、雑貨屋をたたんでカナダ西部へ移住したため、彼女はキャベンディッシュの農場に暮らす母方の祖父母に育てられました。
 両親の不在が心に暗い影を落としましたが、幸いにも少女にはつらい境遇を明るく転換できる“想像力”、日常を光り輝かせる美の感性がありました。
 モードの言葉の魔法にかかり、果樹園のリンゴの木は《小さなシロップ》、すらりとした樺の木は《白樺婦人》、絡みあって伸びるカエデとエゾマツの木は《恋人たち》と名前をつけられました。また、食器棚の開き戸についている2枚のガラスの中に住む同い年の少女と未亡人の女性を空想の“お友だち”にし、会話を楽しむのでした。
 

※続きは2018年1月号本誌にて。
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