時代に咲いた花 2017.07

野口シカ(上)

野口英世の強靭な精神力の源泉は母シカ
子供時代から働き続け、苦労を喜びとした

 北に磐梯山、南に猪苗代湖をのぞむ豊かな自然に恵まれた福島県猪苗代町。そこは日本が誇る偉人、野口英世の生まれ育った故郷です。3度もノーベル賞の候補に挙がり、医学の発展に尽くしただけでなく、国際人の先駆けとなり、今日では国際保健と呼ばれる分野を開拓したパイオニアでもあった野口博士。
 貧しい農家から、世界的な医学者へ……逆境から這い上がり、己の信じる道を貫き通した彼の強さは、どこから来たのでしょう。その源泉は、子を愛する母親の海より深い愛でした。
 野口英世の母、シカは嘉永6(1853)年9月16日、陸奥国耶麻郡三城潟村(現・猪苗代町)に野口善之助、ミサの一人娘として誕生しました。しかし、その生い立ちは決して恵まれたものではありませんでした。
 農家だった野口家は、シカが生まれた頃には衰退し、貧しさに耐えかねた母は2歳の娘を置いて出奔。翌年に曽祖父が他界すると、体が弱く農業に向かなかった父は武家奉公に、祖父も村を離れ一家離散になります。
 「壁は至るところ破れて、居ながらに日月を見るべく、屋根は崩れ、雨は漏り、風は吹き込む荒屋」に幼女と老婆だけが残され、田畑は荒れ放題でした。冬の雪おろしもままならず、降り積もった雪の重みで家屋の一部が押しつぶされ、九死に一生を得たこともありました。
 生活費は祖母のミツが村の茶屋で働いて得る手間賃のみ。それも猪苗代の酒屋から三升の酒樽を背負って運ぶきつい仕事でした。雨の日も雪の日も休むことなく働き続ける祖母を、シカは日が暮れるまでひとり留守番をして待ち続けました。
 
 ※続きは2017年7月号本誌にて。
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