時代に咲いた花 2017.01

エレン・スワロウ・リチャーズ(上)

アメリカで誕生した初の女性科学者は
環境保全と生活の向上に科学を用いた

 「本当の意味で家庭の主婦になりたい女性は、エンジニアにならなくてならない」──そう述べたのは、アメリカ初の女性科学者エレン・スワロウ・リチャーズです。
 「エコロジーの創始者」「家政学の母」と称される女史は、家庭に科学的知識と技術を取り入れ、主婦の仕事とされていた家事を家政学として体系化しました。また、レイチェル・カーソンが著書『沈黙の春』で環境汚染に警鐘を鳴らす前から、生活と環境が調和する社会を築こうと奮闘していたのです。
 エレン・スワロウは1842年12月3日、アメリカのマサチューセッツ州ダンスタブルで
誕生しました。両親共に教師でしたが、一人娘が生まれてからは農業に転じ、未来の女性科学者は幼少期を田舎の新鮮な空気と水、動植物に囲まれた環境で過ごします。
 豊かな黒髪と印象的なグレーの瞳をもつ少女は、父の農場を手伝いながら16歳まで家庭で教育されます。義務教育が始まる前で、田舎の学校はレベルが低く、女子の教育に至っては不必要と考えられていました。しかし、教育熱心なスワロウ家では両親が教師役となって文字、歴史、文学、数学、理論学を教え、賢い娘は即座に何でも理解したといいます。
 いっぽうで、13歳のときに地方品評会でパンと刺繍部門で大賞を受賞するなど、家事も器用にこなしました。その後、一家はウエストフォードの町で雑貨店を開き、エレンは初めて学校に通うようになります。
 両親の店を手伝うことで商売の基本も学びました。相手の要望をすばやく察知するので父親よりも客受けが良く、帳簿から在庫管理、仕入れまで任され、危険を顧みずボストンの卸売市場まで一人で出かけたそうです。
 また、鋭い洞察力で外界を観察し、動植物の生態を記録したり、化石集めに熱中したりしました。店では買い物客の習慣や生活ぶりを推測し、主婦同士がビスケット作りに最適なのは「重曹」か「ソーダ」かで言い争うのを聞いて面白がりました。なぜなら、どちらも同じものだと知っていたからです。人々が自分の体に何を取り入れているのか全く知らないことは驚きでした。

※続きは2017年1月号本誌にて。
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