時代に咲いた花 2016.06

ワレンチナ・テレシコワ(下)

世界初の女性宇宙飛行士として世界的な英雄に
各国を親善訪問し、引退後は政治の世界で活躍

 宇宙に初めて人類を送り出し、世界を驚かせたソビエト連邦。一方、危機感を覚えたアメリカはNASAが主導するマーキュリー計画を着々と進め、ガガーリンの飛行からひと月足らずで有人機による弾道飛行を、1962年には有人地球周回飛行を成功させ、ひたひたと迫っていました。
 より複雑で派手な飛行を行ない、力の差を見せつけなくてはならない──宇宙技術は軍事への転用だけでなく、国民の誇りや国の威信を高める効果があります。通信衛星の出現で、宇宙を舞台にした情報合戦も熱を帯びてきました。
 核戦争の恐怖を巻き起こしたキューバ危機が直前で回避されたものの、米ソの緊張が高まるなか、政治は人々の心を捉える刺激的なイベントを求めていました。その目玉の一つとなったのが「女性宇宙飛行士の誕生」です。
 重大な使命を託され、宇宙行きの切符を手にした26歳のワレンチナ・テレシコワ。任務は極秘とされ、家族にすら話すことは禁じられたので、母親が娘の偉業を知ったのは打ち上げ後のことでした。
 1963年6月16日、「発射!」の命令と同時に天地を引き裂く轟音がとどろき、ボストーク6号が大気圏を一気に駆け上がっていきました。
 「ヤー・チャイカ(こちらはカモメ)。気分は良好。地平線が見えます。空色と藍色の縞が見えます。地球です。なんという美しさでしょう。万事好調!」
 高揚した声でコードネーム「チャイカ」を連呼する宇宙からの交信は、チェーホフの有名な戯曲『かもめ』の台詞「ヤー・チャイカ」を連想させ、ロマンチックな解釈と共に世界中に知れわたりました。ソ連のメディアは自国の女性が宇宙に飛んだことを高らかに報じ、地元ヤロスラブリが驚きと喜びに沸いたのは言うまでもありません。

※続きは2016年6月号本誌にて。
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