時代に咲いた花 2015.8

河井 道(上)

伊勢神宮の神官の家に生まれながらキリスト教徒になり
アメリカ留学を経て女子教育を進め恵泉女学園を創設
不思議な巡り合わせで「昭和天皇を救う」歴史的功績

 明治時代、男尊女卑の風潮が根強い中、先駆けて海外留学を果たし、女子教育の開拓者となったのが河井道(みち)です。神官の家に生まれながらキリスト教を信じるようになり、恵泉女学園を創設した女史は、二つの世界大戦を経験するなかで平和主義を唱え、女子教育を推進しました。さらに彼女にはもう一つ、「昭和天皇を救った」歴史的功績があるのです。

伊勢神宮の神官の一家
明治に職を失い函館へ

 河井道は明治10(1877)年7月29日、三重県の宇治山田に、父・河井範康(のりやす)と母・菊枝の長女として生まれました。伊勢神宮の神官を代々務める格式の高い裕福な家柄で、父は幼少期から神道の儀式や作法を学び、古典文学や伝統芸能に通じる教養人。いっぽう、母は「詩をつくるより田をつくれ」が信条の元気な働き者でした。
 ところが、明治維新によって平穏な生活は一変。財政難から世襲官職の多くが廃止され、祖父も父も職を失ったのです。しばらくは土地や家作を切り売りしてしのぎますが、追い討ちをかけるように投資事業に失敗、行き詰ってしまいます。
 再起を賭けて選んだのが、新天地・北海道への移住でした。明治18(1885)年、一家は慣れ親しんだ土地を離れ、函館へ。道が8歳の時でした。

クリスチャンの親戚
からキリスト教学ぶ

 当時、北海道には開拓民の文化向上のために多くの外国人が招かれていて、自由な雰囲気に包まれた異国情緒あふれる街が生まれつつありました。新生活に飛び込んだものの、世間に疎い父は金を稼ぐ術を知らず、家計を支えたのは生活力のある母。同郷人の口利きで仕事を見つけ、まだ幼い道も早朝から納豆を売り歩き、弟の世話をしました。
 ある日、使いの途中で道は、ひとりの男性に呼び止められます。なんと、東京に出たきり行方不明だった父のいとこでした。
 偶然か、天の計らいか、彼は東京でクリスチャンになって神学を学び、函館の長老派教会に派遣されていたのです。宗教心があり学問好きだった父は、誘われて聖書を読むようになり、やがて熱心にキリスト教の信仰を学び始めます。
 道も父の影響を受け、気が付けば毎朝、伊勢神宮を遥拝した後、くるりと向きを変えてキリストの神に祈りを捧げるのが、父と娘の習慣になっていました。

※続きは2015年8月号本誌にて。
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