友好の橋 2020.10

ロシア連邦
Russian Federation

日露の絆結んだ「イルティッシュ号」救出劇
「ロシア祭り」として今に受け継がれる         

 日露戦争中の1905年5月、日本は、当時世界最強を誇るロシアのバルチック艦隊と
激突しました。その中で今に語り継がれる救出物語が誕生しました。
 対馬沖を航海中のロシアの特務艦「イルティッシュ号」が日本軍の砲撃を受け航行不
能となり、島根県江津市和木町真島沖の日本海を漂流。乗組員235人は沈みゆく船を後
に、避難用ボート6隻で上陸を試みました。

★突如現れた黒い外国船
 一方、子供たちが遊ぶ砂浜に突如、霧の中から現れた黒い外国船に、村は一時大騒ぎとなり、住民たちは手にくわなどの農具を取り、身構えました。しかし、目の前で強い西風に翻弄されるボートから転落する兵士たちが続出し始めると、敵国人であることも忘れて、男性陣は裸になり、荒海に飛び込んでボートをたぐり寄せ、女性陣も腰まで海に浸かりながらロシア兵の手を取ったりし、救助活動に参加したのです。この救出劇は、冷たい水の中で午後2時から6時過ぎまで続けられ、浜辺では炊き出しも行なわれました。
 奇跡的に全員救出できたものの、53人が負傷。彼らは学校や民家に運ばれ、手厚い介抱を受けました。ロシア兵たちは「日本人は誰も彼も親切にしてくれて非常にありがたい」と合掌して感謝の気持ちを表したそうです。兵士たちは後日、取り調べを受けた後、船で佐世保に移送され、ほとんどの乗組員は無事に母国に帰国することができたのです。
 江津市では以後毎年5月28日になると住民が集い、ロシア兵たちをしのぶようになりました。今も「ロシア祭り」として、先人たちの勇気ある行動が語り継がれています。
 また、和木地域コミュニティ交流センターには船から引き揚げられた備品や、その後も交流が続いたイルティッシュ号の乗組員たちとの思い出の品々が展示されています。

★子孫がモスクワで対面 
 このイルティッシュ号の物語は1984年、難波利三氏によって『イルティッシュ号の来
た日』(文藝春秋刊)という小説になりました。また2016年、この史実を継承し、日本とロシアの交流を促進したいという思いから、地元の有志たちによって絵本が出版されました。
 2019年にはイルティッシュ号のロシア人船員の子孫と、救出に当たった住民の子孫
が、114年の歳月を経てモスクワで対面を果たしました。敵味方を超えた善意は、今なお「人類愛」として語り継がれています。

※詳細は2020年10月号本誌にて。
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