友好の橋 2019.09

ポルトガル共和国
Portuguese Republic

戦国の日本を欧州に伝えた宣教師フロイス
布教活動、武将の動向、庶民生活などを記録

 戦国時代末期、日本の歴史に大きな影響を与えた二つのものが外国から伝わりました。鉄砲とキリスト教です。まさに時代が動き出した当時の日本の事情をヨーロッパに報告するために記録し続けた人物こそ、ポルトガル宣教師、ルイス・フロイスです。

★織田信長を高く評価

 フロイスは1563年に31歳で来日し、以後34年間を日本で過ごし、その間の出来事を詳細に記録したポルトガル人宣教師です。彼が残した報告書は『日本史』としてまとめられています。戦国時代末期のキリスト教の布教活動、武将の動向から庶民生活の実情など、膨大な記録が残されており、日本史の重要な資料として高く評価されています。
 この中で興味深いのは、フロイスが残した織田信長や豊臣秀吉らの人物評です。信長に関しては「極度に戦を好み、軍事的修練にいそしみ、名誉心に富み、正義において厳格だった」とその性格について述べています。また彼の宗教観については「神および仏の一切の礼拝、尊崇、ならびにあらゆる異教徒的占卜や迷信的慣習の軽蔑者であった」と。しかし、このようにキリスト教とは相容れない考え方をしていたにも関わらず、フロイスは信長を「きわめて稀に見る優秀な人物」と高く評価しています。

★ヨーロッパのインテリ

 一方、秀吉の宗教観に関しては「彼は、これら神仏は偽物であり、諸国を善く治め、人間相互の調和を保つために、人が案出したものだと述べ、神仏を罵倒し軽蔑していた」と記しています。
 秀吉は最初、キリスト教の布教を認めていましたが、イエズス会が日本人を奴隷としてヨーロッパに売買しているという情報を得ると、1587年、「バテレン追放令」を発布し、宣教師を国外追放しました。さらに96年に「サン=フェリペ号事件」で、キリスト教に対する態度を硬化させ、一般庶民の信仰も禁止するに至ります。
 フロイスはヨーロッパのインテリで、文才が豊かで教養のある人物でした。そのような人物が、当時の日本社会、日本人をどのように見ていたのか、興味深いところです。「この国の人々は、これまで私たちが発見した国民の中で最高の人々であり、日本人より優れている人々は、異教徒の中では見つけられないでしょう。彼らは親しみやすく、一般に善良で悪意がありません」とフロイスは日本を非常に高く評価しているのです。

※詳細は2019年9月号本誌にて。
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