友好の橋 2018.11

イタリア共和国
Italian Republic

オペラ「蝶々夫人」作曲に貢献した大山久子
プッチーニに「さくらさくら」など日本の楽曲を紹介

    
 2018年はイタリアの偉大な作曲家ジャコモ・プッチーニの生誕160年です。代表作としては『ラ・ボエーム』『トスカ』『蝶々夫人』『トゥーランドット』などが有名です。
 ヴェルディ以後、最大のイタリアのオペラ作曲家と言われ、終生創作したオペラは12作。中でも、長崎を舞台にした『蝶々夫人』は日本で長く愛されている演目です。

★音楽の素養がありイタリア語も堪能

 『蝶々夫人』には、8曲もの日本の楽曲が用いられています。その背景には、当時駐イタリア公使夫人であった大山久子という女性の存在が大きく関係しています。
 久子は、旧長州藩士で明治政府の官僚となる野村素介の娘で、東京女子師範学校附属女学校に学びました。長唄や琴の素養があり、公使夫人としてピアノや声楽を学び、オペラのアリアや歌曲も歌いこなすほど、音楽への関心が高かったようです。それに加え、イタリア語が堪能であったため、プッチーニに日本の歌を歌って聞かせるだけでなく、直接イタリア語で日本の曲の背景や歌詞の意味を解説することもできました。
 それだけではありません。日本の西洋音楽のパイオニアでバイオリニスト、ピアニストである東京音楽学校教授、幸田延と親しい間柄だったのです。久子は夫を通じて日本の外務省に依頼し、幸田延から日本の音楽の楽譜や資料を送ってもらうことができたのです。

★日本音楽の資料を携えて訪問

 プッチーニは1902年春に久子のもとを訪れ、オペラ『蝶々夫人』の構想を話し、あらすじを説明した上でこのオペラに日本の旋律を用いたいので日本の音楽を教えて欲しいと頼み込んだのです。
 久子はプッチーニが創作拠点としたイタリアの避暑地マッサチュッコリ湖畔の村に日本音楽の資料を携えては訪ねました。久子の孫である故・澤田壽夫によると、久子は単に資料を取り次いだだけではなく、どの曲をどのように取り入れるべきかについて、自分の意見を述べ、プッチーニと堂々と議論を闘わせたそうです。
 使用された旋律は「越後獅子」「君が代」「さくらさくら」「お江戸日本橋」「高い山から谷底見れば」「宮さん宮さん」「かっぽれ〜豊年節」「推量節」の8曲です。
 
 85歳で亡くなった久子の命日は、奇しくもプッチーニが彼女の助言を得て書き上げたオペラ『蝶々夫人』の初演、1904年2月17日から51年後の同日でした。

※詳細は2018年11月号本誌にて。
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