友好の橋 2018.07

アメリカ合衆国
United States of America

世界初のビーチサンダルは日米共同で開発された!
戦後まもなく草履をヒントに神戸のゴムメーカーが作る

 夏のスタンダードアイテムとして、子供から大人まで性別を問わず親しまれているビーチサンダル。日本の草履をヒントに開発され、その第1号は1952年、兵庫県神戸市で誕生しました。

★草履や下駄メーカーに断られる

 戦後、まだ焼け野原だった日本に、アメリカ政府は復興政策のために多くの人材を送り込みました。48年に来日した工業デザイナー、レイ・パスティンもその一人。彼は、日本人が履いている草履の合理性に衝撃を受け、これをゴムで作ることができたらアメリカでも売れるはずだと考えたのです。いったん帰国し、アメリカ人の足にあう草履の原型を作成して再び来日。草履や下駄のメーカーに話を持ちかけましたが、ことごとく断られ、最後にたどり着いたのが、畑違いのゴムメーカー、内外ゴム(本社・神戸市)でした。
 戦時中、日本は東南アジアのゴム農園を手に入れており、ゴム産業は急成長していました。内外ゴムの技術者、生田庄太郎は戦時中に開発した「独立気泡スポンジゴム」(軽くて水を吸わない弾力性のあるスポンジゴム)の使用を思い立ち、パスティンとの共同開発に乗り出したのです。試行錯誤の末、52年、世界初のビーチサンダル「ビーチウォーク」が完成します。これはアメリカ人の足を想定して作られており、左右の形が異なり、かかとが2ミリほど高く作られるなどの工夫がされていました。

★主婦たちから人気に火がつき大ヒット

 アメリカで販売を開始するものの、売り上げは思わしくありませんでした。そもそも鼻緒付きのサンダルなど存在しなかったわけですから。しかし、その利便性に最初に気がついた主婦たちから人気が出て、発売から4、5年すると、ハワイやグアム、フィジーなどでサーファーたちが関心を示し、1カ月に10万足を売り上げる大ヒット。内外ゴムは、55年には日本人向けに改良した「ブルーダイヤ」を発売し、今なお製造もデザインもそのまま、多くの人々に親しまれています。
 その後、ビーチサンダル最大手の一つとして知られるブラジルの会社「ハワイアナス」も製造に乗り出します。次第に、そのカラフルなデザインで世界中の人々に愛されるようになりました。2003年のアカデミー賞候補者たちにデザイン性の高い特別モデルが贈呈されると、おしゃれなセレブたちの間でも愛用され、さらなる認知を得ることになりました。

※詳細は2018年7月号本誌にて。
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