友好の橋 2018.04

カナダ
Canada

日系義勇兵の犠牲の上に咲いたバンクーバーの桜
第一次世界大戦の欧州戦線での戦死者の慰霊碑を守るために植樹

 カナダ最西端に位置する港町バンクーバーは、過去に何度も「世界で最も住みたい街」に選ばれるほど、自然と都会が融合した都市です。ダウンタウンから車で3分ほどの場所にあるスタンレーパーク。春にはみごとな桜を咲かせることで有名なこの公園の一角に、日系カナダ人戦没者追悼碑があり、196名の日系カナダ義勇兵の名前が刻まれています。

★欧州戦線で4人に1人が戦死

 1877年に最初の日本人がバンクーバーに来て以来、日系コミュニティーは成長していきましたが、市民権は与えられたものの参政権を得るまでには至りませんでした。第一次世界大戦が始まると、日系移民一世たちはこぞって欧州戦線に参加しました。日本人に対する信用を高めて、参政権と平等待遇を獲得しようと思ったのです。
 戦争が終わるまでに54名が戦死、ほぼ4人に1人という高い戦死率でした。戦後すぐの1920年、日系コミュニティーは寄付金を募り、義勇兵たちの慰霊碑を建立しました。10年後、横浜と神戸からこの記念慰霊碑に追悼の意を込めて500本の桜の木が寄贈されました。桜の木は慰霊碑を守るように植樹され、見事な花を咲かせるようになり、これがバンクーバーと桜の出合いとなったのです。
 桜の美しさに魅了されたバンクーバーの人々は、徐々に道路や公園に植樹していき、さらには日本の領事館から「友好の永遠の証」として約300本の桜の木が寄贈され、いまでは約54種の桜4万3000本が咲き誇るまでになりました。市内の街路樹の36%が桜属の木であると言われています。

★毎年春に行なわれる「桜祭り」

 毎年春に行なわれる「バンクーバー桜祭り」。3月下旬から4月にかけて、市内各所で桜に関するイベントが催されます。なかでも〝Sakura Days Japan Fair〟は、現地の日系企業、コミュニティー、団体が多数参加する、日系最大のお祭りです。バンクーバーの桜はすっかり人々の生活に溶け込み、春の風物詩としてなくてはならない存在にまで発展しています。
 第一次世界大戦後、日系人にすぐに参政権が与えられることはありませんでした。実現したのは16年後の1931年。しかし、第二次世界大戦では日系カナダ人は全財産を没収され、抑留されるという悲しい歴史がありました。それでもいまや3世、4世の時代となり、まるで桜の木のように、すっかりこの地に根を張っています。

※詳細は2018年4月号本誌にて。
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