友好の橋 2018.02

英国(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)
 Kingdom of Great Britain and Northern Ireland

「HAIKU」を世界に発信し広めた功労者
レジナルド・ホーラス・ブライスの本で多くの人が俳句の世界へ

 海外で定着している日本語はたくさんあります。“Sushi” “Karate”をはじめ、“Karaoke ” “Origami ” “Tsunami”などとともに“Haiku”もそのひとつ。いまや俳句は世界で最も短い定型詩として知られ、「草枕」という国際俳句大会には世界中から作品が投稿されます。

★ 海外では3行の短い詩であればOK

 俳句といえば、季語と「五・七・五」の音節が基本ですが、海外では3行の短い詩であれば良いというもの。なぜなら、外国語では日本と音節が異なるし、季節も異なる場所が多いからです。しかし、この寛容さが世界で俳句が受け入れられた理由でもあります。
 俳句が世界から注目されるようになったのは第2次世界大戦後で、その大きな功績を担ったとされているのが、イギリスの文学者レジナルド・ホーラス・ブライス(1898─1964)です。ブライスは1925年に、日本統治下の朝鮮に渡り、滞在中に日本語や中国語の学習を始めるとともに、禅に出合います。後に金沢で英語教師となりますが、第2次世界大戦が勃発すると敵性外国人として収容されます。彼は日本を支持、日本国籍を取得しようとしますが、却下されました。
 戦後は皇太子(明仁天皇)の英語教師として、また学習院の英文科教授として教鞭をとっています。49年に出版された『俳句Haiku』第1が西洋に紹介され、俳句への関心と興味をかきたてました。現代の多くの国際的俳句詩人は、ブライスの書籍によって俳句の世界に入っている人がほとんどです。

★ 山茶花に心残して旅立ちぬ(辞世)

 英語では“Frog Poem”として知られている松尾芭蕉の有名な句の英訳です。

 古池や蛙飛び込む水の音 
 An old silent pond… / A frog jumps into the pond, / splash! Silence again.

 ブライスは自著『俳句の歴史』第2巻で、「日本国外における、日本語によらない俳句の創作(中略)……俳句の歴史における近年の発展は誰にも予見しえないものであった」と述べています。
 ブライスは現在、鎌倉の松岡山東慶総寺禅寺で終生の友であった鈴木大拙の墓の後ろに眠っており、辞世の句が残されています。

 山茶花に心残して旅立ちぬ

※詳細は2018年2月号本誌にて。
readlink

関連記事

カテゴリー

ページ上部へ戻る