友好の橋 2017.08

オーストリア共和国
Republic of Austria

佐々木禎子さんの物語を世界に広めた作家

「原爆の子の像」のモデルとなった少女の心の叫び描く

 昨年5月、広島市を訪れた米国のオバマ大統領(当時)が歴史的なスピーチを行なった後、被爆者の方と抱擁した光景は多くの人の脳裏に焼きついていることでしょう。オバマ前大統領が平和記念資料館を訪れた際、一番関
心を寄せたのが、佐々木禎子さんの折り鶴だったそうです。

★12歳で亡くなる直前まで千羽鶴折る

 禎子さんは、広島平和記念公園の一角に建つ「原爆の子の像」のモデルとなった少女です。2歳で被爆し、原爆症の白血病と闘い、12歳で亡くなるまで、「生きたい」という思いから千羽鶴を折り続けたのでした。死後、級友たちの呼びかけで「原爆の子の像」が建てられました。碑文には「これはぼくらの叫びです/これは私たちの祈りです/世界に平和をきずくための」と刻まれています。
 海外でもよく知られているこの少女の物語は、ドイツ生まれでオーストリアの作家・ジャーナリストであるロベルト・ユンク(1994年没)によって広まりました。
 親戚の多くをホロコーストで亡くしたユンクは、アメリカで原爆の開発に関わった科学者たちを取材した、『千の太陽よりも明るく』で名声を確立しました。1957年に初めて来日。以後、何度も来日して被爆者たちの苦
しみに肉薄し、『灰墟の光─甦えるヒロシマ』を上梓しました。廃墟から立ち上がる広島の姿を世界に向けて発信したのです。禎子さんの物語は、そのなかの一つでした。
 さらに1961年、オーストリアの児童文学作家カール・ブルックナー(86年没)によって『サダコは生きたい』という小説になり、22カ国語に翻訳されて世界中に伝えられました(日本では2000年に復刊)。2009年、ブルックナーの生まれ故郷ウィーンに平和記念碑が完成し、広島市からは旧広島市役所の重さ800キロの敷石が寄贈され、日本語とドイツ語で「世界平和」と刻まれています。

★核の恐ろしさと平和の大切さ訴える

 佐々木禎子さんの物語は、カナダ系アメリカ人、エレノア・コアさんが『サダコと千羽鶴』を77年に、『SADAKO』という絵本を93年に発表し、さらに世界中に広まっていきました。アメリカ、カナダの小学校では、平和教育の副読本として取り上げられています。
 また、98年にはアメリカ人の平和活動家によりシアトルの平和公園に「サダコ像」が建てられ、核の恐ろしさと平和の大切さを訴えています。

※詳細は2017年8月号本誌にて。
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