友好の橋 2017.04

英国(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)
      United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland

海苔の養殖産業発展に貢献した「海の母」ドゥルー女史

熊本県宇土氏で半世紀を超えて続けられる、顕彰行事

 熊本県宇土市住吉町の海岸に面した小高い丘にある住吉神社。有明海が一望できるその敷地内に、イギリス人女性・ドゥルー・ベーカー女史の顕彰碑があります。

★マンチェスター大学で海藻学を研究

 2013年に和食が国連教育科学文化機関(ユネスコ)が指定する無形文化遺産に選定されました。和食の代表格「Sushi」は世界共通語となり、多くの人々に食されています。
 その寿司に必要不可欠なものの一つが海苔です。日本人は世界で最も海藻類を食べる民族ですが、海苔は一昔前まで一般庶民には手の届かない高級食材でした。江戸初期から始まった海苔の養殖産業は、ほぼ自然任せで行なわれていたため採取量が安定せず、相場商品として扱われていました。安定供給には海苔の生態の解明が不可欠でした。
 海苔の生産者たちが待ち望んでいた技術は、日本から遠く離れたイギリスのマンチェスター大学で海藻学を研究していたキャサリン・メアリー・ドゥルー女史の「発見」によって確立されました。1949年、彼女が海岸を歩いていると、黒くなっている貝殻を見つけました。持ち帰り調べてみると、糸状の海藻菌が繁殖していたことがわかり、さらに海苔と類似したこの海藻の胞子は貝殻に潜って夏を過ごすことを突き止めたのです。
 この発見はすぐに九州大学に伝えられ、そこから熊本県水産試験場へ伝達されました。そうして53年、ついに海苔の人口採苗に成功したのです。悲願の海苔養殖への道が開かれ、以後、海苔養殖産業は爆発的な発展を遂げました。つまり、海苔の生産業者にとってドゥルー女史は大恩人なのです。
 女史はランカシャーに生まれ、1922年マンチェスター大学を卒業後、北米への留学などを経て母校の大学教授と結婚。2児の母であると共に、母校大学の隠花植物学研究室の研究員として学生の教育と研究に従事しました。1957年、56歳で急逝したため、日本における海苔養殖業の大きな進歩を見ることはありませんでした。

★半世紀を超えてずっと顕彰される

 女史の急死を知った海苔生産業者らは、寄付金を出し合って顕彰碑を建立しました。顕彰碑には「Mother of the Sea」(海の母)と刻まれ、毎年4月14日には「ドゥルー祭」が行なわれ、その功績を讃えています。世界中の人が寿司を始めとする日本食に舌鼓を打つことができるのも、ドゥルー女史の研究のおかげと言っても過言ではありません。

※詳細は2017年4月号本誌にて。
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