友好の橋 2016.10

セルビア共和国   Republic of Serbia

国土の復興をめぐろ支援と恩返し、親日感情の意外なルーツ

民族紛争と経済制裁によって疲弊した国土の復興を積極的に支援してくれた
日本へ東日本大震災の際にはいち早く全土からの義援金を集めて「恩返し」
  
 あまり知られていませんが、セルビア共和国も親日的な国です。東日本大震災の時はいち早く支援の手を差し伸べてくれました。人々の平均月収は5万円以下、失業率は20%を超える、決して裕福とはいえない国ですが、震災から7カ月後の時点で、セルビア赤十字を通じて1億9千万円以上の義援金が寄せられたのです。

★紛争終息後の国づくり積極的に支援」

 1990年代、ユーゴスラビア、コソボの両紛争で国際社会から経済制裁を受けたセルビアは、21世紀になって紛争の終息とともに国づくりに乗り出しましたが、その際、日本は積極的に支援しました。たとえば、ベオグラード市内を走る約100台の黄色いバスには「日本政府から寄贈」と記されています。他にも、日本は病院医療機材、水道整備、学校の校舎修復などでセルビアの復興に貢献してきました。
 2010年、ベオグラード市は水道整備への感謝を表すため、観光スポットの公園に「日本に対する感謝の泉」を設置。「日本は真に必要な時に、真の支援をしてくれる」。セルビアの人々の親日感情はこうしたところから生まれ、東日本大震災の際の支援に結びついたのだと思われます。
 ところが、2014年5月、今度はセルビアが観測史上最悪の洪水に見舞われました。全人口の4分の1が暮らす地域と農地が壊滅状態に陥る大災害に、いち早く支援を呼びかけたのがJリーグ名古屋グランパスのサポーターでした。大の親日家としても知られるストイコビッチ元監督の母国だったからです。こうした両国の「恩返しの交換」は、今後も続いていくことでしょう。

★蚊取り線香の原料、除虫菊による縁

 もっとも、セルビアと日本のつながりは意外なところにもあります。夏の風物詩の一つともいえる、あの「蚊取り線香」です。蚊とり線香の原料となる除虫菊は実はセルビア原産で、その種を入手し、日本で栽培を始め、蚊とり線香として世界に普及させたのが「金鳥」の創業者・上山英一郎でした。当初、棒状の線香だったのをコイル状にすることを発案したのは、妻のゆきだといわれています。コイル状にすることで火災になりにくく、長時間使用することが可能になりました。
 金鳥の正式名称が大日本除虫菊株式会社であることにも納得がいきます。現在、金鳥の本社は、在大阪セルビア名誉総領事館の役割も担っています。

※詳細は2016年10月号本誌にて。
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