友好の橋 2016.07

台湾 Taiwan

大規模災害のたびに繰り返される心温まる「恩返しの交換」

昨年末、津波で倒壊した南三陸町の公立病院が台湾からの義援金で再建
民間の草の根レベルでの支援活動が活発であることは「ホンモノの証明」

 2011年3月11日に起きた東日本大震災の復旧のため、台湾は200億円以上もの寄付をしてくれました。しかも、この金額のおよそ9割が民間からでした。昨年12月には嬉しいニュースが届きました。津波で被害を受けた宮城県三陸町の公立病院が台湾の義援金のお陰で復活したのです。

★「台湾の皆さんありがとう」の記念碑

 災害当時、5階建ての病院は4階までが水に浸かり、患者さんと看護師さん合わせて74人が犠牲になりました。震災後、病院の建物は解体され、仮設の診療所などで診療を続けてきたのですが、今回、南三陸町の高台に「南三陸病院・総合ケアセンター南三陸」として再建されたのです。総工費約45億円のうち4割に当たる22億2000万円が台湾からの義援金でした。病院敷地には「台湾の皆さんありがとう」のメッセージとともに「絆」の文字が刻まれた記念碑が設置されました。
 実は、日本と台湾の間にはこうした「恩返しの交換」ともいえる心温まる歴史があります。もともと親日国ということもありますが、3・11であれだけの熱烈な支援を台湾国民がしてくれた背景には、1999年に台湾中部を襲った「台湾大地震」における日本の救援隊の真摯な救援活動がありました。日本はすぐに救援隊を派遣し、その後民間ボランティアが続々と被災現場に駆けつけたのです。台湾では日本の救援隊が深夜問わず、ハイテク機器を駆使して瓦礫の中から生存者を探し出し、その姿がテレビに映し出されました。
 また、見つかったご遺体の前で、整列して頭を垂れ、黙祷する救助隊の姿が台湾人の心を打ったのです。日本の救援隊が帰国する際には目に涙を浮かべる台湾人が空港に詰めかけ、関税職員たちも異例の総立ちで、敬礼して救援隊を見送りました。

★熊本地震でも即座に支援を申し入れ

 その後、今年2月に起こった台湾南部地震では、日本政府は地震当日に調査チームを派遣し、100万ドル(約1億2千万円)規模の支援を表明。その後、4月に発生した熊本地震では、馬英九政権が即座に支援を申し入れ、1千万円の支援を決定したものの、被害の拡大とともに台湾国内から「少なすぎる」という声が寄せられ、6400万円に増額されたという経緯があります。
 何よりも、民間の草の根レベルでの支援活動が活発であることが、二国間のつながりがいかに「ホンモノ」かを証明しているのではないでしょうか。

※詳細は2016年7月号本誌にて。
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