友好の橋 2016.04

インドネシア共和国 Republic of Indonesia

日本の母子手帳を導入し、成功した経験を第三国に伝える

高い乳児死亡率に悩んでいたインドネシアは、いち早く日本の母子手帳を導入
妊産婦と乳幼児の保健の改善を実現し、その経験を同じ途上国へ伝え始めた

日本の母子手帳はインドネシアなど発展途上国を中心に世界約30カ国で導入され、妊産婦と乳幼児の保健の改善に貢献しています。
 1993年当時、インドネシアの乳児死亡率は6%。他のアジア諸国に比べて高く、母子手帳のようなものはあったものの使いにくく、国民に浸透していませんでした。

★インドネシア人医師の熱意に応え

 インドネシアでは1989年から94年まで「家族計画・母子保健プロジェクト」が実施されました。国際協力機構(JICA)の研修で日本を訪れたインドネシア人医師が、実際に使われている母子手帳を見て感動し、インドネシアにも導入したいという彼の熱意にJICAが応え実現したものです。
 このプロジェクトで中心的役割を果たしたのが、現在、大阪大学大学院で教鞭を執る中村安秀教授でした。86年に母子保健専門家としてインドネシアに赴任した中村教授は、厳しい現実を目の当たりにしました。診療時に出生児の体重や予防接種の状況を聞いても記録がなくて分からないというのです。日本で当たり前に配布され、使用されている母子手帳のありがたみを痛感したのでした。
 そこでまず、インドネシア版の母子手帳が開発されました。文字が読めない母親にも理解しやすいようにイラストを取り入れ、保健情報を詰め込み、育児書としても役立つように工夫。ピンク色の装丁が選ばれました。

★自国の経験を他国に伝える取組み

 最初に人口15万人のサラティガ市で試験的に導入したところ、非常に反響がよく、次々と別の地域にも広がり、「仕事がやりやすくなり、質の高いケアを提供できるようになった」「自分や子供の健康を守るために、何をすればいいのか分かるようになった」などと感謝されたのです。
 インドネシア保健省は2004年に大臣令を発令し、母子手帳の利用を国家政策として正式に位置づけ、いまでは年間400万冊以上の母子手帳を発行しています。裏表紙には「この母子手帳は保健省とJICAが1997年に作りました」という文言がしっかり入っています。
 また、インドネシアの保健省はJICAの支援を受けながら、2007年からパレスチナ、アフガニスタンなどの国を対象とした「第三国研修」を実施しており、自国の経験を他の国々に伝える取り組みを始めました。いまでは「参考にしたい」との声が相次いでいます。

※詳細は2016年4月号本誌にて。
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