友好の橋 2015.10

モナコ公国 Principality of Monaco

花を通じて日本の生け花や庭園に憧れを抱いたグレース公妃

ハリウッド女優からモナコ公妃へ、現代の“シンデレラ・ストーリー”を
生きたグレース・ケリーは日本の生け花や庭園への称賛を惜しまなかった

 1950年代、ハリウッドに君臨した伝説の女優、グレース・ケリー。26歳にしてアカデミー賞を受賞、出演した11本の作品すべてがヒットという人気の絶頂期に、モナコ大公レーニエ3世と結婚し、公妃へ。その“シンデレラ・ストーリー”は、モナコ公国の名を世界中に知らしめました。

★花を通じて“日本の美”に憧れ

 しかし、アメリカから渡ってきた結婚当初、公妃はフランス語が話せず、苦労も多かったようです。疎外感を感じる日々のなかで、グレース公妃の心を癒したのが花でした。モナコに美しい庭園やバラ園を造り、66年、いまも毎年開かれている「国際ブーケコンクール」を開催しました。
 さらに趣味の「押し花」がきっかけで、花を愛する国日本に関心を持つようになり、72年から華道、武道、郷土芸能などの使節団を毎年迎え入れ、コンクールでは華道の各流派のデモンストレーションが行なわれました。こうして公妃は日本の美に触れるにつれ、次第に日本訪問を夢見るようになったのです。
 81年、夫のレーニエ大公と娘とともに来日したグレース公妃は、10日間という短い旅でしたが、貪欲に日本の文化を吸収しようと努めました。後日、このときの体験を「美しい日本を訪れてから、私の眼は以前と同じではありません」と語るほど、強烈な印象を残すものとなったのでした。

★茶室の名前は「グレースの庭」

 桂離宮を訪れたときには「建物全体が自然と向き合って、庭と建物が互いの流れの中で一体となっている」ことに感銘を受けました。とくに月を見るためだけに造られた竹の縁側「月見台」については「ただ、月を眺めるためだけに竹で縁側を造るとは、何と素敵なセンスではありませんか」「計り知れない計画と努力によって造られた光と影の何気ない組み合わせ、この美しい日本の庭園を決して忘れません」と語り、深い関心を寄せた生け花についてはこう絶賛しています。「生け花から学んだのは、美しさとは細やかな心遣いと惜しみない努力から生み出されるという考え方です。私が造る押し花や花のオブジェは日本の生け花の影響を受けています」。
 自動車事故で52歳でこの世を去った公妃の生前の願いを叶えるため、夫のレーニエ大公は彼女の死後、モナコに「日本庭園」を造りました。娘さんが命名した茶室「雅園」はフランス語で「グレースの庭」を意味し、月が最もよく見える場所であるそうです。

※詳細は2015年10月号本誌にて。
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