座標軸 2020.08

向野幾世 奈良大学元講師

静かに祭りを思う夏

白地着てこの郷愁のどこよりぞ   加藤楸邨

 自粛の日々、久々に押入れの整理をした。引き出しの底から懐かしい物が出て来た。何度かの片付けの際にもいつも捨てがたく、つい取りおいた息子の幼い日の物、四つ身の浴衣と絞りの兵児帯である。すでに50歳をも過ぎた息子たちの古着は、孫に引き継ぐ代物でもない。
 他人にとってはただの屑、自分にとっては宝物というではないか。遠い日、夏祭りの夕べ、白絣の父に連れ立って、幼い者たちがはしゃいで出掛けた姿が甦る。その日は早めの食事と入浴をすませ、遠く聞こえるお囃子の鉦や人々のざわめきに急かされて─。
 あの頃は、貧しい暮らしむきの上、共働きの親の慌ただしい日常があって、行き届かない子育てのすべてに許しを乞うような祭りのお出掛けであった。この小さな浴衣と兵児帯は、祭りの夜の醤油垂れの香ばしい匂いや物売りの呼び声や色とりどりのあて物のすべてを思い出させてくれる。思えば、あのハレの日の思い出は家族の絆であった。
 

※続きは2020年8月号本誌にて。
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