座標軸 2018.05

向野幾世 奈良大学元講師

たとえお節介と言われようとも

 鯉のぼりなき子ばかりが 木にのぼる 殿村菟糸子
 こどもの日小さくなりし靴いくつ   林 翔

 昭和23年に新しい祝祭日が定められ、5月5日の端午の節句を「こどもの日」とした。70年前、故郷の弟はその年に生まれた。鯉のぼりのない子だった。兄の鯉のぼりはあったが、それを立てる心の余裕は母になかった。
 戦後、暮らし向きはもちろん心をも貧しくさせていた。さりとて子の幸せを願う親の思いは思い出の中に確かにある。お米にも事欠きながら、米の粉を少し練って楕円形にのばし、柏の葉で貝のようにはさんだ柏餅がそれ。
 明治の父、大正の母、昭和の子、平成の孫と時代は移ろうと、子のすこやかな成長を願う親心に変わりはないと思っていた矢先、きょうも〝虐待により、また幼い命が失われた〟という報道。
 児童虐待が後を絶たない。虐待は親や同居の大人という。どうなったのか。報道によると、昨年1年間に全国の警察が児童相談所に虐待の疑いがあると通告した子供は6万人を超えたという。このものの豊かな時代に、何故心は貧しくなっていくのか。
 

※続きは2018年5月号本誌にて。
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