座標軸 2017.06

向野幾世 奈良大学元講師

晴耕雨読のよろこびを

梅雨の妻いまにして「女の一生」読む  山口誓子
 
 木蓮の大ぶりな葉に降り溜まった雨が、ぽとぽとと落ちる。こんな日は読書をして降りこめられていようと思う。家族が留守なのも心が落ち着く。
 かつて私は、家から数分のところに借地をして野菜を作っていた。水やりに追われ、草取りに追われ、あげくに虫に食われ、鳥に啄まれて散々な出来だったが、退職後の夫と私の20年にもなる労作の菜園だった。夫が亡くなってから途端にやる気も失せ梅雨を機に止めてしまった。誰に食べてもらう当てもない野菜作りはむなしかった。
 何しろ、ずぶの素人の畑仕事は鍬の一振り一振りに声を添えてまでの奮闘で、それはまた滑稽そのものだった。「智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ」と言って一鍬、「とかく人の世は住みにくい。住みにくい世であれば住みよくせねばならない」と一鍬、という具合である。

※続きは2017年6月号本誌にて。
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