座標軸 2017.03

向野幾世 奈良大学元講師

春を呼ぶお水取り

 荒行の僧に降る火や修二会(おたいまつ)
         水茎春雨
 奈良には「お水取りがすむと春がくる」ということばがある。お水取りの正しい言い方は東大寺修二会(しゅにえ)という。東大寺二月堂の本堂と回廊を籠松明(かごたいまつ)が駆けぬける行法は2週間にわたって行なわれる。闇の中、勢いよく空に舞う火の粉や籠りの僧の沓音のパタンパタンと内陣に響く様は、祈りの行というにしては激しいもの。
 何とこの行は8世紀中葉から今にいたるまで一度も絶えることなく行なわれているとか。ちなみに今年は1266回目を迎える。その行の一端に触れているという感激と昂奮は他では得がたいものだ。ご縁なのだろう。最初の職場が東大寺ゆかりの肢体不自由児施設で、それも東大寺境内にあったので、お水取りにはよく足を運んだ。
 ある年はお松明、次の年は真夜中の達陀(だったん)と、よくもまあ通ったもの。今にして思うことだが、あの頃は20代、若かった。変わらず今も奈良に住んではいるが、このところとんと足が向いていない。今年は知人のお坊様が練行衆(れんぎょうしゅう)として行に加わっていると知りながらも、夜の寒さをおしての外出は気が重い。

※続きは2017年3月号本誌にて。
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