座標軸 2016.10

向野幾世 奈良大学元講師

吾日に吾が身を三省す

          
 年々や同じところに同じ蟲  高浜虚子
 ふと気がつくと、いつもの所からこおろぎの声が聞こえない。例年、今時分は台所のどこからか涼しげな声がしていたのに。夜半に鳴きはじめ、朝床下に日が差し込む頃、また思いだしたように鳴いていたこおろぎたち。
 昨年、わが家は50年来の住まいをリフォームした。その際、簡素をうたい文句にしていたので、勝手口も省いてしまった。長く慣れ親しんだものや愛着のあるものも思い切って整理する、いわゆる断捨離である。思いのほか、それはそれはの心痛であった。が、その心痛のなかで床下のこおろぎを思いやることはなかった。
 論語に「曽子曰く、吾日に吾が身を三省す」という文がある。孔子の弟子の曽子が、私は毎日自身を三省、つまりたびたび省みていますということだが、「省」という字は「省く」と同時に「反省」するという意味がある。それもただ振り返って反省するだけではなく、良いところを残し悪いところを省いていくことだと。省みると私はすでに、なれ親しんだこおろぎを省いてしまっていた。

※続きは2016年10月号本誌にて。
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