座標軸 2016.09

向野幾世 奈良大学元講師

秋刀魚の思い出

 あはれ 秋風よ
 情あらば伝へてよ
 男ありて
 今日の夕餉に ひとり 
 さんまを食ひて
 思ひにふける と。  〈佐藤春夫「秋刀魚の歌」より〉

 秋刀魚は、一人で食べるようなものではない。夫なきあと、独りぐらしの食事づくりは秋刀魚どころか、なべて疎かに生きてきた。自分が自分に文句を言うわけもなく「生きていりゃ、いいわ」と。
 思い出の中の秋刀魚というと、庭に七輪を持ち出して焼いていた日もあった。いつも厳しい家計のやりくりがあったので、脂ののった安い秋刀魚はほんとにありがたかった。
 食べざかりの男子2人をかかえる家の賄いはそれなりに苦労した。何よりもお酒好きな夫の肴には悩まされた。その上、ひと頃、貧しいわが家に来客が絶えなかったのだ。息子たちに加えて、これまた食欲旺盛な夫の教え子たちがやって来て、食堂さながらの時もあった。

※続きは2016年9月号本誌にて。
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