座標軸 2016.06

向野幾世 奈良大学元講師

「父の日」に寄せて

父の日の わずかながらも 青き沖
          松島不二夫
 晴れやかな「母の日」に比して、何と「父の日」は楚々としてひそやかなことか。アメリカ合衆国ワシントン州で、男手ひとつで育てられた女性が父への感謝を提唱したのがはじまりという。「母の日」の赤いカーネーションと違い、贈る花はユリともバラとも言われている。
 当たり前のことだが、人は父と母の二人を親として私があり、子があり、孫がある。連綿とした生命のつながり。それを遺伝子のバトンという。
 先日、長男の育児記録を読み返していて、ふと小さな書き付けが目にとまった。「保母さんから『きょうは誰がお迎えに来るの』と尋ねられて、長男が『アナタガクル』と答えていた」。長男は当時2歳である。読み進むうちに若い日々が次々とよみがえり、思い出が湧きあがってきた。
 結婚後、私は夫のことを「センセイ」と呼んでいた。一回り年長であったし、高校の教師だったこともあり、「センセイ」の習慣は続いていた。それがようやく「アナタ」と呼べるようになったのは長男誕生のころだった。つまり、ことばを言い始めた長男は父親のことを「アナタ」と覚えてしまったのだ。

※続きは2016年6月号本誌にて。
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