座標軸 2016.01

 向野幾世 奈良大学元講師

日に新た 日々に新たに

 日に新た 日々に新たに
 又 日に新たならんと

 「大学」の章句である。70歳をすぎて古典を学び直している。送金なしの学生時代、生きていくことに精一杯ですべての授業の出席がかなわなかった。しかし、なぜか「古典」の授業は欠かさなかった。教えてくださる先生の静かな語り口調と鹿児島出身の野武士の風貌に魅せられていたのか。
 さりとて「論語」「大学」の深いところを理解していたかと問われれば、まったく恥ずかしいばかりなのだ。時折口をついて出て来る章句が残っているだけ。

 君子は必ず其の独りを慎むなり
 小人間居して不善をなす
 
 心ここにあらざれば 視れども
 見えず 聴けども聞こえず
 
 などなど。ただ、これは大学の授業というより、母が私の耳に届けていたものかも知れない。というのも、その言葉の魔力が生活のなかに息づいていたような気がするからだ。いい加減なところのある私の性質を母は見抜いていたのか。

※続きは2016年1月号本誌にて。
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