座標軸 2015.9

向野幾世 元奈良大学講師

みんな同じ空の下、生きている

 40年前、勤めていた養護学校の生徒たちは卒業後のこと、親なきあとのことを人知れず悩んでいた。親にとっても教師にしても悩みは同じだった。ここにM子の作った詩がある。

 こうしている間にも
 老いていく父と母
 やがて永遠の別れの時がくる
 自分が気づかないうちに
 少しずつ 少しずつ近づいてくる   
 からだは、まだ疲れが残っている
 でも なんとかしなければ
 お互いの心がすり切れるまえに

 当時、言語訓練担当の私のノートにはこうした子供の呻きにも似た言葉の断片が書きとめられていた。脳性まひの子の発する言葉は呻きであり、つぶやきであり、ひとりごとであった。しかし、それはいのちの叫びでもあった。つなげてみると詩の形になる。これらの詩にメロディ-をつけることはできないだろうか。
 折りしもフォークソングを歌う高専の生徒に出逢った。夢のような話だが、障害児の詩にメロディーがつけられ、奈良文化会館ホールでのコンサートになるという展開。スターもいない。スポンサーもない。ずぶの素人の音楽祭が、後に「わたぼうしコンサート」として日本中に広がり、「アジア・太平洋わたぼうしコンサート」として空を飛ぶことになろうとは誰が想像しただろう。

※続きは2015年9月号本誌にて。
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