座標軸 2015.07

向野幾世 元奈良大学講師

力量、それは人間への愛

 夏休み前の一日、遠足に行く小学生の車輌に乗りあわせた。にぎやかなことこの上ないが、子供の声を騒音というほど狭量ではない。引率の先生は2人。中年の男先生と若い女先生。電車が発車するや女先生が「他のお客様の迷惑になるから静かにしなさい」。実はその声こそやかましい。
 私はひそかに女先生をキンキンさんと渾名した。一方、男先生は乗りこむや腕組みをして軽く目を閉じる。口もとは笑っているが声は発しない。生徒らがくすぐったりしても。そのうちベレー帽が取られたり、戻されたりと忙しい。男先生のことをベレー帽氏と渾名した。
 想像するに、ベレー帽氏はキンキンさんの上司なのか、あるいは校長さんなのか。そんな一行を乗せて40分。終点が近い。「次終点です。降りますよ」「降りますよ」。キンキンさんは車内を一巡。その声は緊迫している。
 降り立ったとき、ことの次第が分かった。実は車輌の中には二つのクラスが乗りあわせていたのだ。ベレー帽氏は、いち早くホームに降り立ち無言で片手を上げる。その手はまるで磁石か、子供たちが四列に整列する。これがべレー帽氏のクラス。・・・

※続きは2015年7月号本誌にて。
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